◆駅頭演説

私の持ち味は、蓮田駅ホームに向かっての拡声器による演説です。多くの方々から「感動した」「今まで見たことが無い」等々と賞賛されましたので、今回も月曜から東口の階段側とター側交互に行いました。

 

結果はやはり上々で、夜の駅立ちで演説とともに政策ビラを配っていると皆様ものすごい勢いで受け取ってくれます。

 

さらに、私の政策ビラを受け取らなかった方も、夜の駅立ちで配っていると自ら近寄ってきて受け取ってくれます。

 

私の政策ビラには、あれをやります、これをやりますといった公約的な事は書いておりません。二元代表制における市議としての役割をきっちりと認識した上で、市議としてどのように行動すべきか、福田せいじの優位性は何かを書いています。

 

ココが、他の候補者の政策ビラとの決定的な違いではないかと思います。それ故受け取っていただけさえすれば、その違いを有権者の方々にはご理解いただけるものと思っています。勿論それは私の思い込みですが、そう信じています。それ故政策ビラを手にしていただければかなりの確立で得票できると信じております。

 

ところで、政策ビラは街頭演説での配布か新聞折込に限定されておりますので、新聞折込するならば、本日持ち込まなければ新聞折込はタイムアウトです。ところがここに嬉しい誤算が生じました。なんと予想外に多くの方々に私の政策ビラを受け取っていただいたので、残りの部数がほとんどなくなってしまい、新聞折込に廻す部数が無くなってしまったのです。

 

全く新聞折込をしないわけにはいかないので、調整のため一昨日朝の駅立ち出の演説は中止し、昨日再開して様子を見ましたがやはり、このまま続けてもビラが品切れになるのは明らかです。

 

ビラの配布に焦点を当てれば、それは大変に嬉しいことですが、有権者はサラリーマンだけではありませんし、同じ時間帯に通勤する方々にこれ以上配布するのは効率が悪いと判断し、駅立ちを中止し残ったビラを折込みにすることにしました。

 

駅をご利用しない有権者の皆様には、本当にわずかでしかありませんが明日、私の政策ビラが届くことになります。

◆政策ビラ

 選挙期間中に配布できる政策ビラは4000枚限定で、選管から受領した証紙を貼ります。このビラは新聞折込か、街頭演説中にのみ聴衆に配布できるもので、ポスティングなどは出来ませんが、残念なことに我が蓮田の市議選では守られていないようです。
 この画像が、私の政策ビラです。選管に確認してココにアップしました。
 二元代表制では、首長と議員はその役割が違いますので、やれ下水道を整備しますとか、道路を整備しますなどといった公約の類は市長候補ならともかく議員候補が主張するのはいかがなものか、有権者を欺いているのか、二元代表制を理解していないものと思います。
 なので私の政策ビラには、一切公約の類は記述しておりません。
 もっぱら二元代表制の下、議員として、まちづくりの専門家としてどの様に活動すべきかを書いております。

■■■街頭演説のお知らせ■■■

日時:4月14日(日) 10時30分

場所:福田せいじ事務所(蓮田市黒浜3560―24 ㈱ワークス1階)

※駐車場がありませんので、車の方は近くのスーパー・ベルクで買い物をしてお越しください。

◆駅立ち

今週は、ほぼ1年ぶりに駅立ちし、駅頭演説をしました。

もっと早くからやりたかったのですが、県議候補者の邪魔になると思い、遠慮していました。

…ですが、あまり駅立ちしている様子は見られず山口候補だけが毎日立っている様子です。

全くの無所属であらゆる組織の支援が無い私にとっては、演説こそが命なので、遠慮ばかりしてはおれず、今日は思い切って、私のトレードマークであるプラットホームに向かっての演説をさせていただきました。

結果はやはり上々、市長選から1年と経っていないので、かなりの方に私を覚えていただいているようで、「残念だったね今度こそ頑張ってください」「県議ではなく市議ですか、もったいない」と声をかけていただきました。

他の市議候補者からも、福田さんは当選間違いないでしょうと言われますが、私はそうは思っていません。あらゆるしがらみを断ち切るため、相変わらず自治会の支援さえも受けていないからです。

市議は地元の支援が生命線ですので、これはとても不利な事と思っています。それ故地元の皆様のご支援をいただくように、この1年間地元に重きを置いた政治活動を続けてまいりましたが、目指すものはあくまで皆様方個人の自由意志によるご支援であり、自治会長さんからの依頼ではありません。

この街を変えていこうと訴えている以上は、たとえ喉から手が出そうなことでも、しがらみの元は断ち切らなくてはなりません。それ故、たとえ地元自治会といえども支援を受けていないのです。

昨日ある方から、トップ当選しなければ次は無いといわれましたが、私はY候補の票を食ってしまうことが心配で、当選さえすれば良しと考えております。

さて今後ですが、今週と来週は駅頭演説を行ないますが、その後は県議選がスタートするので差し控えます。

私の持ち味である演説を自ら封印してしまうので、かなり市議選は苦労するものと覚悟しています。

■我が街の街興し

蓮田市では、蓮田SA活用事業として市内の農商工事業者が連携し、 新たな商品やサービスの開発が進められています(ということを知りました)。

たまたま、地域興しのアンテナを張っていたら、「(蓮田市の)農商工事業者を中心に本構想の説明とキックオフ セミナー、収穫鍋体験、地域農家見学会の参加募集」にヒットし、参加してきました。

前々から、新サービスエリアのポテンシャルを地域振興の起爆剤にすべきと考え、何もしてこない現状に歯がゆい思いを抱いていましたが、さすがにそこは商工会はじめ、農業経営者の有志の方々や市が新サービスエリア構想の初期段階から、これを地域振興に活かすべく「アグリキャンプ」をテーマに農商工連携(6次産業化)を考える研究会を立ち上げ活動を続けてこられたようで、頭が下がります。

我が街では都市経営の感覚が希薄だなあと、勝手に危機感を覚えていましたが、なかなかどうして、我が街も捨てたモンではないなあと嬉しくなった本日でした。

オープンセミナーの後は、前からその先進的取り組みが気になっていました渋谷農園さんをご案内いただき、その先見性に感心した次第。我が街は大丈夫かと気になっていましたが、今日の体験は久々に晴れやかな気分となりました。蓮田市農商工連携協議会、蓮田市環境経済部の皆様お疲れ様でした。

◆マイブーム

レオポルト・モーツアルトはご存知、あのモーツアルトのお父さんですが、実はなかなか良い曲を多数書いていて、その一つ「二本のホルンのための協奏曲 ニ長調」が、モーリス・アンドレのトランペット演奏とともにマイブームです。

中古LPレコードとしてはチョイ高めでしたが、偶然近所のブックオフでゲットして以来、モーリス・アンドレの超絶テクニックとあいまってパパ・モーツアルトに嵌っています。

通常のFの2オクターブ以上(タブン)を何のストレスも無く吹くモーリス・アンドレの超絶テクニックにはため息が出るばかりですが、同時にこの樂曲のオーケストラのハーモニイが、プロコフィエフのピーターと狼の大好きなハーモニイと同じなところもお気に入りです。

天才って、やはりスゴイ!

蛇足:プロコフィエフのピーターと狼ほどオーケストラを美しく鳴らせる曲は無いのでは?と思っているので、あのナレーションが邪魔で仕方ありません。題名の無い音楽会あたりで、ナレーション抜きを演奏してくれまいか・・・。

も一つついでに、我が街蓮田には多くの隠れた演奏家が居ます、彼らが自然体で活躍できる場を設けたい!

大枚はたいた文化会館や設置したスタンウェイをもっと上手く活用できないものか、施設を創って満足では、建設業者の一時的収益のためと思われても仕方あるまい。米百票の精神など何処吹く風、種籾を我先に食ってしまう体質を何とかしなければ、この街の明日はありません!

■週末のポスター貼り

昨年の市長選直後から、毎週末に福田せいじの政治活動ポスターを貼ってきました。基本的にご支援のハガキを頂いた方を訪問しポスター掲示をお願いしてきましたが、年末あたりから、何の縁もゆかりもない方に飛び込みで、ポスター掲示をお願いし始めました。

当然に、かなりの率で門前払いを覚悟しておりましたが、意外や「始めまして、福田せいじと申しますが・・・」と申し上げると、「ああ、ちょっと待ってください」と外に出てきて、必ず言われるのが「残念でしたね、変な邪魔が入らなければねえ、次は頑張ってください」と・・・、変な邪魔とは何のことか分かりませんが、二つ返事でポスター掲示をご了解いただくことがほとんどです。

自分では無名と思っていたので「福田せいじ」ですと告げたとたん、「ああ(あの福田さんね」との反応はとても嬉しい誤算でした。中には応援するからポスターだけではなく福田せいじ後援会連絡所の看板を立てていけ、次は絶対当選しろよと励ましていただく方が少なからずあり、思わず目から汗が出そうになりました。

ところで、ここへ来て急に福田せいじ事務所のFBアクセスが増えてきたのは、選挙が近づいてきたからでしょうか、少なからずの方から最近更新されてませんねと言われ、感心の高さを認識した次第です。

また、「不屈」いいね、次も期待してますよとの励ましも目頭が熱くなります。見ている人はちゃんと見ているのだなあ・・・、改めて不撓不屈の精神で頑張る所存です。

◆同じGDP世界2位でも、かつての日本とはやることが違うなあ・・・

<引用開始>

中国の無人月探査機打ち上げ 月の裏側への着陸目指す

 世界で初めて月の裏側への着陸をめざす中国の無人月探査機「嫦娥(じょうが)4号」が8日未明、四川省の西昌衛星発射センターから打ち上げられた。地球からは見えない月の裏側の謎に迫るため、地形や地下構造などを詳しく調べる予定。資源確保を視野に、米国や日本などとの競争で優位に立つ思惑もありそうだ。(以下略)

<引用終わり>

中国からの出稼ぎ労働者を見ているとなんとなく、まだ日本が優位に立っていると思っている人が多いようですが、ある日気付いたら中国は独自の経済圏域を完成させ、アメリカ盲従の日本は完全に取り残されていた・・・なんていう光景が目に浮かんでしまいます。

実際、中国に行くと社会の歪というか、両足の無い物乞いが繁華街をズリズリと這っていたり、汚水が垂れ流しだったり、ビバリーヒルズを思わせる高級住宅地のチョイ先の団地では地面に直に野菜を並べて売っていたり、風向きによっては呼吸が出来ないほどの煤煙が蔓延したりしています。

こうした先進国が当然に社会全体で対策している負担を後回しにして、かつての日本の戦後復興のように貪欲に経済優先で結果のみを求めた結果なので、いづれ国民一人ひとりが豊かになってきたら、人件費も上がり負うべき社会の負担も重荷となって中国経済も失速するだろうとの思いと期待(?)があるようですが、かの国には島国根性がなく超大国をこれまで維持してきた実績と1億人に一人の人材が日本の12倍もいるのですから、自分達(日本)がそうだったからと、同じように中国も失速するとは限らないでしょう。

残念なのは、こうした状況が見え隠れするのに、現下の日本には天下国家を本気で考えている人は極稀なことです。何処まで行っても島国根性の延長で、身近な個人的体験や感情から中国を嫌い、その感情がバイアスとなって、こうあるべきとの思いとこうだという現実を混同し、日本スゴイ!と自画自賛していても、量では既に中国に負け、いづれ質でも負けてしまうでしょう。

 

http://www.msn.com/ja-jp/news/world/%e4%b8%ad%e5%9b%bd%e3%81%ae%e7%84%a1%e4%ba%ba%e6%9c%88%e6%8e%a2%e6%9f%bb%e6%a9%9f%e6%89%93%e3%81%a1%e4%b8%8a%e3%81%92-%e6%9c%88%e3%81%ae%e8%a3%8f%e5%81%b4%e3%81%b8%e3%81%ae%e7%9d%80%e9%99%b8%e7%9b%ae%e6%8c%87%e3%81%99/ar-BBQEmYI?OCID=DELLDHP#page=2

◆タクシー運転手と安田純平氏

韓国映画の【タクシー運転手】のDVDを見ました。

韓国の光州事件という1980年頃の軍事政権下での民衆弾圧の実態を、ドイツ人記者ペーター氏が身分を偽って韓国に潜入し、それを体を張って護った韓国人タクシー運転手達の物語です。

 

タクシー運転手は、最初は単なる小遣い稼ぎで外国人記者を乗せていたのですが、次第に軍事政権の弾圧の酷さに目覚め、何とかこの弾圧の実態を世界に知らしめてもらおうと、命がけで外国人記者を助けるという実話の物語です。

 

自力では民主主義を勝ち得ず、アメリカによって自由主義をもたらせられた日本とは大きな違いです。それ故、韓国の余りにもしつこい日本への戦後補償要求には辟易するものの、民主主義や政治の成熟度ははるかに日本を凌駕している思わざるを得ません。

 

この映画を見て、先ず思ったのは、ドイツ人記者ペーターが氏安田純平氏とダブる事です。

 

ジャーナリストの身分では入国できないので、宣教師と身分を偽ってドイツ人記者は軍事政権による戒厳令下の韓国に潜入し、“弾圧されている国民が体を張って、この実態を世界に広めてほしいとドイツ人記者に託し、”タクシードライバー始め韓国市民が、危険を冒し命をかけて、てこのドイツ人記者を守るのです。

 

普通にこの映画を見ていると、危険を冒して渡航したドイツ人記者は英雄に見えますし、少なくとも日本における安田記者バッシングのようなドイツ人記者の同胞であるドイツ国民が彼を批判するなどということは想像も出来ません。

 

では、自業自得や自己責任として批判を受けている安田純平氏と何が違うのでしょうか。件のドイツ人記者は本国から韓国へ行くなと止められていたか否かは分かりませんが、潜入する相手国から入国拒否されていることは同じ、騒動が起きている地域の市民から実態を世界に知らしめてほしいと思われていることも同じ、違いは現地で逮捕されたか否かですが、それとて現地の人々の手助けで脱出できた点では同じですから、あえて言えばドイツと日本の国民性の違いでしょうか。

 

何故日本人は重箱のど真ん中にてんこ盛された事実即ち「抑圧された市民の実態を世界に報道する行動」を全く評価せず、「渡航禁止された地域に勝手に行った」とか「謝罪や感謝が無い」とかといった重箱の隅ばかりを問題視するのか。

 

日本人は臆病者だけではない、中にはジャーナリストとして政府の制止を振り切って紛争地帯に行った猛者がいて、3年半もの長期にわたり軟禁されて生還したのに、それを喜ぶどころかバッシングするとは・・・、バッシングに血眼になっている人々の価値観はいったい何なんだろうか、そしてそうした人々の価値観の優先順位は何なんだろうか?

 

常に安全なところに身を置き、無難な言動しかせず、他人に対してはプラスの評価はせず減点評価のみで、出る杭を血眼で探し叩く人々なのではないだろうか。

 

以上は、私の主観ではありますが、成功するしないに関わらず、組織や権威などを頼らずに、普通の人がやらないようなチャレンジをしたことが有る人には、ご理解いただけるものと思い書いた次第。