◆トリアージ

いよいよトリアージの段階が近づいてきたようですが、批判文化が蔓延した現下の日本で果たして優先順位を誰が付けられるのでしょうか。以下ご説明。

マスク2枚の各住所への配布もエイプリルフールかと思うものの、特段に害がある方策でもないのに鬼の首を取ったかのように騒ぐ様子を見ると、上記の思いがますます強くなります。

現下の日本の悲劇は、この批判文化の蔓延かと思います。 再三申し上げているように、定量的なリスクアセスメントの結果が責任ある立場・組織から示されてこない状況では、この先何をすべきか何をしてはいけないか、責任もって判断できない状況が続いています。

マスク2枚配布への揶揄を始め、様々な方が様々な批判や提案をしていますが、さてどこまで責任を持っているのでしょうか、批判を覚悟で言えばどれも責任を持っていない以上はクソ情報かと思います。

例えば、ネットで流布されている現下のアメリカの状況は2週間後の日本だとする主張は、簡単に具体的にイメージ出来て、とても説得力がありますが、ふと考えると数週間前の日米の状況は逆転していたので、時系列を根拠としているこの理屈は論理矛盾です。

では日本だけが外国ほどのパンデミックになっていない状況を評価できるかと言えば、検査が十分に実施されていない以上信用はできません。結局何が事実なのか分りません。

一月前の学校休校要請の時はその後の2週間がヤマと言われていましたが、本当の山は今から2週間でしょう。その結果日本が現在のアメリカの状況にならなければ、日本のコロナ対策方針が成果があると言う事でしょう。

そうなればネトウヨは狂喜乱舞し、ネトサヨは地団駄踏んで悔しがるでしょうが、事実認識にはどうでも良いことです。 大事なことはそこでやっと、定量的なリスクアセスメントとその結果を受けてのリスク対策の方針に信憑性が出てくると言う事です。

もしも、ネットで流布されているように、二週間後の日本が現在のアメリカ特にニューヨークの状況になったならば、病床増や人工呼吸器の十分な準備がされていない以上、トリアージが必要になりますが、冒頭申し上げたように、批判文化が蔓延する現下の日本では、いったい誰がその優先順位判断をするのでしょうか。

いかなる適切な優先順位判断をしようとも、人でなしとの批判は免れないでしょう。その状況は想像するだに恐ろしい事ですが、それは直面する現状の恐ろしさは元より、国防の観点から致命的な我が国の統治機構の弱点を内外に晒す事の恐ろしさにあります。

長年、緊急事態に対する業務に従事し、その中でも危機管理に従事してきた経験からは、学術的な危機管理やリスクマネジメントのメソッドとは別に、実務では実に不可解な現象があって、緊急事態であればあるほど緊急事態を平常時の感覚で捉え、手続きや書式に平常時以上に拘る人が必ず居ることを経験しており、それを危惧します。

例えば、トリアージを実施しても目の前に死にそうな人がいるのに、手続きや書式に拘り、手当できたときには患者が死んでいたと言う状況が目に浮かぶのです。

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