◆メシア待望論の先

選挙前はマスメディアが全く無視だった「れいわ新撰組(山本太郎)」が今やメシア待望論のごとくもてはやされています。私もそうですが、やっと人々が待ち望んでいた政治家が現れたなという印象です。

ですが、こうした期待、今までも何度もあり、こうした党に人々の期待が高まり人気を博すと、有象無象の政治家や候補者、支援者が押し寄せ、何かの失政や失言で一気に人気が凋落、と言うパターンだったかと思います。

今私は、「れいわ新撰組(山本太郎)」が同じ轍を踏まないかと危惧します。これまでの政界に吹いた「風」のパターンと違い、「れいわ新撰組(山本太郎)」には単なるブームではない本物の可能性を感じさせるから、同じ轍は踏んで欲しくないと願う故です。

「れいわ新撰組(山本太郎)」は次期国政選挙で100人を擁立するとのこと、今のブームが続けば十分可能だと思いますが、問題はこの候補者選びです。有象無象の売り込みが殺到し玉石混交となっては、いかに山本太郎が優秀であっても、玉と石の区別を短時日でするのは不可能でしょう。

よほど人選のメソッドを研究し確立しておかなければ、仮に次期選挙で大躍進しても、やがては玉に混じって当選した石ころが暴走し、その次の選挙で凋落してしまうでしょう、そうなったら期待が大きい分失望も大きく民主党の二の舞とならないことを祈るばかりです。

 

※ちなみにメシアとは、「(油 を)塗られた者」の意味が語源だそうです。

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